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南房総・体験レポート

南房総・体験レポート

老舗酒造の伝統と挑戦

 水や空気のように暮らしに溶け込み、勝浦人が当たり前のように呑んでいる地酒・腰古井。百八十年もの長きにわたり腰古井は腰古井であり、その味は愛飲家に支持され続けている。時代を超えて親しまれてきた老舗酒蔵・吉野酒造の魅力に迫ってみた。

 赤煉瓦造りの角煙突と瓦葺きの大屋根が、老舗酒蔵の威風を放つ吉野酒造。創業天保年間(1830年)。勝浦でその名を知らぬ者がない地酒中の地酒“腰古井”の醸造元である。大きな切妻屋根が連なる酒蔵をはじめ、主屋、煙突、土蔵、旧馬屋、門にいたるまで国登録有形文化財となっている。
 この酒蔵で創業以来造られている腰古井は、天保年間からの伝統を継承し手間と時間をかけて丹念に育まれ、全国新酒鑑評会・金賞13回、東京国税局新酒鑑評会最優秀賞など数多くの栄冠に輝く南房総を代表する銘酒である。古くは東京サミットの乾杯用に使われ、平成14年にANA国際線ファーストクラスで使用されるなど不動の評価を得ている。
 都内の有名百貨店で開催される試飲イベントも盛況で注文が集中し、昨年末は蔵の在庫がなくなる銘柄が続出したという。
 酒造りといえば、新潟など寒冷地というイメージを抱いていたので、温暖な南房総・勝浦の酒蔵が、数々の美酒を生み出し、酒通を唸らせていたとは驚いた。

特別ではない、特別なこと。

 長年にわたり日本酒ファンの心を掴み続ける吉野酒造には、何か特別な醸造法があるのだろうか。吉野酒造に来て6年目になる南部杜氏の瀬川英夫さんに訊ねてみると、
 「なにも特別なことはしていません。米を磨き、洗い、蒸し、麹を造り、酵母を仕込んで発酵させる、昔ながらの手仕事に最善の努力を続けているだけです。」という。
 酒造りは、目に見えぬ酵母という微生物を操り、温度や湿度など日々の気象条件に合わせたデリケートな作業が必要だと、以前聞いたことがある。本当に特別なことをしないで、美味しい日本酒が造れるのだろうか?
 「もちろん、これまで試行錯誤を繰り返し、その過程でノウハウを蓄積してきました。一つの型にはめて同じ製品を造るのとは異なり、ちょっとした環境の変化で全く違う味の酒になってしまう場合だってあります。同産地・同銘柄の米でも、出来映えは毎年違います。酒造りにおけるあらゆる状態や、変化にどう対応し、変わらない味と品質を保っていく、その按配を決めるのが杜氏の仕事。なにも特別なことではありません。腰古井は伝統のあるブランドですから、その味を守り、期待に応えていくためには、当然いろいろ考えながら手間をかけています。」と穏やかに語る。生真面目で寡黙だが、内に秘めた酒造りにかける想いは、計り知れない。

 ただひたすら昔ながらの酒造りを忠実に行っているだけだと瀬川さんは言うが、仕込み桶が並ぶ冷気に満たされた木造の蔵の中にいると、特別じゃないことが、とても特別なことのように感じられる。
 「酒の基本は、米と水。この蔵には、その最高のものが用意されている。だから毎年、期待以上の酒を生み出すために、日々努力を重ねています。」
 美味い酒を造るために最高の材料を用意する。蔵元の酒造りに掛ける想いもかなり熱いようだ。日本三大杜氏に数えられる南部杜氏の技を継承する瀬川さんが納得する米と水とは?

横穴式洞窟の自然水

 日本酒の仕込み水というと、地下水を使用している酒蔵が多いようだが、吉野酒造の仕込み水は他に類を見ないもの。山の自然水を横穴式洞窟内の水瓶に引き込み使用している。
 「港町の勝浦は、身体を酷使する漁師たちが多いので、昔から甘みのある日本酒が好まれる傾向がありましてね。甘みがほのかに残る勝浦好みの日本酒を造るのには、軟水が適しているのですよ。ところがこの辺の地下水は鉄分が多く、仕込み水に適さないのです。そのためうちの蔵では、向かい側の岩山に掘った横穴式洞窟に山の自然水を引いているのです。この水、驚くほど滑らかな軟水なのですよ。飲んでみますか?」。
 吉野酒造の若社長・吉野慎一さんからコップを手渡され口に運んでみると、なんとも言えぬなめらかさ!ミネラルっぽい余計な味もなく、高山の湧き水のように無味でもない。まろやかでさらさら、やさしい超軟水である。以前、某飲料メーカーの研究者が、『お酒ではなく、水を飲ませてくれませんか』とやって来て、一口飲んだところ、『懐かしい水の味だなぁ』と感心していたそうだ。
 「創業者は、良質の仕込み水を求めていくつか井戸を掘ってみたものの、地下水で美味しい日本酒が造れなかったので、試しに保有する山の水を使ってみたのだと思います。すると美味しい日本酒ができたので、山の横から掘り進み、洞窟の中に貯水するための横井戸式にして、奥に山から水を引くための水路を造り、水源と繋げたようです。昔の人の知恵って、本当に素晴らしいですよね」と慎一さん。
 仕込み水を安定供給するために、約180年前に掘られた横穴式洞窟は、一度も枯れることなく今も溢れ出すほどの水を湛え続けている。

こだわりの醸造用精米機

 そして日本酒造りの要である米は、酒造好適米の山田錦・五百万石を中心に、千葉県産の酒造好適米・総の舞を使用し、敷地内に備えた石臼の醸造用精米機で磨いている。
 「大吟醸だと、お米の表面を40%まで磨き上げるので、少しずつ丁寧に時間をかけて精米しなければいけません。割れたり欠けたりした米が混ざっていると、どんなに頑張っても美味しい日本酒は造れない。」
 このように、美味しい日本酒を造るには、丁寧に磨かれた粒のそろった良い酒米が不可欠で、洗米時に米粒が吸い込む水分量を均一にし、良い蒸し米をつくる必要がある。割れた米が混ざっていると水分量にバラツキがでて、発酵に影響が出るそうだ。
 コストや効率を優先する時代の流れで、外部の精米所を利用する酒蔵も増えているが、吉野酒造は、酒造りの最初の作業である精米にとことんこだわり、メンテナンスの手間がかかる醸造用精米機を自社で用意している。

老舗の挑戦、梅農家の再興

 また吉野酒造は、老舗の伝統を継承しているだけでなく、日本酒の新たな世界を切り拓いている。地元勝浦の梅生産者とのコラボ企画で生まれた梅酒である。通常の梅酒は、焼酎で梅を漬け込んでいるが、吉野酒造の梅酒は日本酒で、しかもあろうことか純米大吟醸で漬けこんでいる。最高級酒で仕込むという贅を尽くした梅酒は、老若男女を問わず多くの方に好評で、人気商品となっている。
 「勝浦の食材というと、どうしても海産物に目がいきますが、実は南房総は地域的にも良質な梅が収獲できるのですよ。ただ収穫に手間が掛かる割に、中国産などと競合し買値が安い。枝や葉っぱを一粒ずつ取り払い、キズついている梅を選別する手間を考えると、出荷しない方がマシになってしまったのです。」
 梅畑は年々手つかずになり、枝は伸び放題、実った梅は土の上に転がり荒れていくばかり。慎一さんは、地元の梅畑をなんとかしたい一心で、日本酒で梅を仕込んでみた。それも梅の旨味を引き出すために、最高級の純米大吟醸を使って。すると、もともとフルーティな味わいの純米大吟醸に梅の香りと酸味が寄り添い、上質なリキュールに仕上がった。
 「自分で言うのもなんですが、予想以上の出来映え。本当に美味しかった。これはイケル!と、思いましてね、梅農家の協力を得て販売することにしたんです。」

 美味しいお酒は、必ず売れる。採算度外視で商品化した純米大吟醸仕込みの腰古井梅酒は、口コミで人気が広がり、5年前の販売開始時は数百本程度だったのが、現在の出荷数は3,500本ほどに拡大。地域資源を活用した新商品として、県内酒造元で唯一の国認定事業品になっている。
 梅酒の仕込みは、すべての工程が手作業で行われ、ヘタも一つ一つ丁寧に取り除かなければならず、大変な手間がかかり、これ以上の増産は難しいそうなのだが、
 「捥ぎたての梅を軽トラックの荷台いっぱいに積み、笑顔で届けてくれる農家のおじいちゃん達のためにも、なんとか頑張っていきたいですね。なにしろ梅の収獲作業は重労働。実が傷まないように、手で一つ一つ枝から丁寧に捥いでいかなければいけません。そんな苦労に報いられるように、努力したいと思っています。」と慎一さん。

 腰古井梅酒は、日本国内のみならず、海外向けのフードイベントでも好評で、幕張メッセで開催された『FOODEX JAPAN・国際食品飲料展』では、味はもちろん、オーガニック栽培の梅・無着色・無香料が高く評価され注文が相次ぎ、ちょうど取材にお邪魔した時も、海外向けの準備に追われていた。純米大吟醸仕込みならではのまろやかな口当たりは、海を越えてファンを広げている。
 吉野酒造は、『ミレーニア勝浦』から約5qと近く県道82号線沿いにあるので、蔵の前をクルマでよく通り抜けていたが、門の奥で、妥協を許さぬ美酒造りはもちろん、梅農家を再興させる純米大吟醸の梅酒まで生み出していたとは…不覚であった。
 まだまだ勝浦には、広く知られていない独自の魅力が眠っている。深掘りすれば、こだわりの技や逸品が、ザックザックと出てくるはず。
 南房総・勝浦は、元気だ!

■ 取材協力/吉野酒造株式会社  勝浦市植野571 Tel.0470-76-0215

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